聖書の窓 No9 「ノアの箱舟。」

私の大好きなアニメ作家の宮崎駿さんの作品に「風の谷のナウシカ」があります。

物語は人間達が起こした最終戦争で地球は汚染され、毒の胞子を出す菌類に覆われた腐海と呼ばれる地域が世界を覆い、わずかに残された土地で人々は腐海の侵入を防ぎながら生きていた。しかし過去の戦争の愚かさを知っていながら、再びトルメキア国と土鬼国が戦争を始め、風の谷に住む少女ナウシカも巻き込まれていく。と言うところから物語は始まります。

またアニメの「銀河英雄伝」も戦争で荒廃した地球から宇宙に進出した人類が、銀河帝国と惑星自由同盟に分かれて戦い、主人公の一人であるヤンは平和を願いながらも戦いに巻き込まれていく様を表しています。どちらも、人間のエゴが世界を、人々を、破滅と苦しみに向かわせている事がベースとなっています。

この2話より1500年以前に書かれた聖書に「ノアの箱舟」のお話があります。神が美しく整った世界を人類に託したのに、人間はそれぞれ自分勝手な道に進み、互いに争いを起こした。神は地の上に人の悪が増大するのを見て、人を造ったことを悔やみ、人を地の面から消し去ろうと決心する。

しかしノアと言う人物は正しい人だったので、神はノアに箱舟を作らせ、彼の家族と全ての生き物の雄と雌を箱舟に入れた後、大雨を降らせて世界を水で覆い、全ての生きる者を滅ぼした。やがて水が引き、再び戻った地上で、箱舟で生き残ったノアと動物達は新しい世界を造り始めていく。というお話です。

さて神は人を造った事を悔やんだのに、何故ノアと家族だけは残したのか。聖書は「彼が正しい人だから」と書いていますが、その後のノアの行動を読んでいくと、だらしない所もあったりして決して完璧な人ではありません。また彼の子供達も長所もあり、欠点もある人達です。ですから聖書の言う「正しい人」とは、品行方正、人格的に完璧な人という意味ではなく、神の言葉をおろそかにせず、真剣に向き合う人を意味しています。ノアはそうでしたが、他の人々は、神を神とも思わず、神の言葉に耳を貸さず、自分のエゴをぶつけ合っていたので、地は暴虐と争いに満ちていたと書かれています。これは現代にも通じますね。

私達はこのまま進むと将来に破滅が来ることを、うすうす感じています。それは自分達にエゴがあり、争いを引き起こしている事を知っているからです。

聖書には、その破滅からいかにして救われるかも記されています。「ノアの箱舟」は、人がその救いを真剣に受け止める為に書かれた警告のお話なのです。

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